もくじ
- 第1章:現場の本音:「CPU不足」より「遅いネットワーク」がつらい
- 第2章:“待ち”は無料じゃない:レイテンシがCPUコストに化ける
- 第3章:スループットとレイテンシの違い:同じ「速い」でも設計が変わる
- 第4章:CPUが溶ける典型:I/O待ち、割り込み、コンテキストスイッチ
- 第5章:通信を速くする手段:帯域増強だけでなく、NIC/プロトコルの進化
- 第6章:オフロードという発想:コピー削減・ゼロコピー・暗号化/圧縮の肩代わり
- 第7章:分散システムの罠:RPC回数とチャット性がコストを押し上げる
- 第8章:「回線を上げたらCPUを下げられる」を試算する:クラウド料金の見積もり
- 第9章:それでも速くならないケース:DB、ストレージ、ロック、アプリ設計のボトルネック
- 第10章:帰結:通信速度はCPUの代替資源——性能とコストを同時に下げる設計指針
【注意書き】本記事は「通信速度(ネットワーク性能)が向上すると、結果として必要CPUやインフラ総コストを下げられる場合がある」という一般論を、エンジニア向けに整理したものです。実際の最適解は、ワークロード(レイテンシ特性・並列度・データ量)、アプリ実装、NIC/スイッチ構成、クラウド課金体系、運用体制、セキュリティ要件などで大きく変わります。個別案件の設計判断はリスクも金額も大きいため、必要に応じて株式会社情報工学研究所のような専門家へご相談ください。
現場の本音:「CPU不足」より「遅いネットワーク」がつらい
「CPUが足りないからスケールアップしよう」――この結論自体は間違いではありません。ただ、現場の実感としては、CPU不足“そのもの”よりも、もっと手触りが悪い苦しさが先に来ることが多いはずです。
たとえば、レスポンスが遅い、タイムアウトが増える、リトライが雪だるま式に増える、バッチが終わらない、障害時に復旧が遅れる。こうした症状は、CPUの使用率が高い/低いに関係なく発生します。そして原因を追うと、ネットワークや外部I/Oに起因する「待ち」が支配的だった、というケースが珍しくありません。
心の会話としては、こんな独り言が出がちです。
- 「CPU増やせって言われても、根本が遅いなら焼け石に水じゃない?」
- 「スレッドを増やしても、結局待ってるだけでしょ…」
- 「夜間に遅くなるの、うちのアプリのせいというよりネットワークの混雑では?」
この感覚は健全です。なぜなら、分散システムの多くは“CPUで計算している時間”より、“ネットワーク越しに何かを待っている時間”のほうが支配的になりやすいからです。DB、キャッシュ、メッセージング、外部API、ストレージ、認証基盤――現代のシステムは依存関係が増え、RPC(リモート呼び出し)回数も増えます。すると、1回あたりの通信が少し遅いだけでも、全体の待ち時間が積み上がります。
ここで重要なのは、「通信が速くなるとCPUが安くなる」というタイトルの主語が、CPU単体ではなく“システム全体の必要CPU”だという点です。通信が遅いと、待ちを埋めるためにスレッド/プロセスを増やし、キューを深くし、リトライやタイムアウト処理を増やし、ログや監視の負担も増えがちです。これらはCPUを直接消費し、結果として「CPUを買わないと回らない」状態を作ります。
逆に言えば、通信やネットワーク経路の性能・安定性が上がると、同じ処理を“少ない同時実行数”で捌けるようになり、CPU・メモリ・スレッド数の要求が下がる場合があります。これが、今回の伏線です。
この章のまとめ:「CPU不足」に見える問題の一部は、実際にはネットワーク/外部I/O待ちが生んだ“同時実行の膨張”であることがある。通信を改善すると、必要CPUが下がる筋道が存在する。
“待ち”は無料じゃない:レイテンシがCPUコストに化ける
「I/O待ちはCPUを使わないから、CPUコストとは関係ない」――直感的にはそう思えます。しかし、運用現場で起きるのはその逆で、待ちが増えるほどCPUコストが上がる、という現象が起きがちです。
理由はシンプルで、待ち時間が長いほど“同時に抱える処理(in-flight)”が増え、処理を捌くための実装・ミドルウェア・OSのオーバーヘッドが増えるからです。
代表例を挙げます。
- スレッド/コルーチン/イベントループ負荷:待ちを隠すために並列度を上げると、スケジューリングやコンテキスト切り替えが増えます。
- キューとバッファの肥大化:待ちが長いとキューが伸び、メモリ使用量が増え、GCやページフォールトなど二次的コストを誘発します。
- タイムアウトとリトライ:遅い/不安定な経路ほどリトライが増え、重複要求が発生し、CPUとネットワークをさらに圧迫します。
- 暗号化・圧縮・シリアライズの総量増:待ちにより処理が滞留すると、接続維持や再送、ログ、メトリクスの量が増え、CPUを食います。
さらに、性能設計の世界でよく使われる関係として、待ちと同時実行数のつながりがあります。一般に「平均同時処理数 ≒ 到着率(スループット) × 平均滞在時間(レイテンシ)」という形で捉えられます。ここで滞在時間(待ち)が増えると、同じスループットを維持するために同時処理数が増え、スレッド数・接続数・バッファが増えます。結果としてCPU・メモリが必要になります。
もちろん、実装次第で“待っている間のCPU消費”は抑えられます。ですが現実には、タイムアウト処理、キャンセル処理、再試行制御、キュー制御、可観測性(ログ/トレース/メトリクス)など、「待ちが長いほど複雑になる」要素が増えます。複雑さは、CPU使用量と運用コストに直結します。
現場の心の会話としては、こうなりがちです。
- 「並列度を上げたら、スループットは出たけど、CPUが跳ね上がった…」
- 「リトライ入れたら安定したけど、ピーク時に全部が重くなった…」
- 「結局“遅い前提”の設計が増えて、運用がしんどい…」
ここまでが伏線です。次章では、「通信が速い」と言っても、帯域(Gbps)だけの話ではないこと、そして“レイテンシ/ジッタ/キューイング”こそがCPUコストに効いてくる、という整理に進みます。
この章のまとめ:待ち時間が増えると、並列度・キュー・リトライ・可観測性のコストが増え、結果としてCPUコストに化ける。通信改善は“待ちを減らす”ことでCPUを減らせる可能性がある。
スループットとレイテンシの違い:同じ「速い」でも設計が変わる
「回線を太くすれば速くなる」――これは半分正しく、半分は誤解を招きます。ネットワークの“速さ”には主に2つの軸があるからです。
- スループット(帯域):単位時間あたりに運べるデータ量(例:1Gbps、10Gbps)
- レイテンシ(遅延)とジッタ(揺れ):1往復や1回の通信にかかる時間、そしてそのばらつき
CPUコストと密接に関係しやすいのは、しばしばレイテンシとジッタです。帯域が増えても、レイテンシが変わらなければ「小さなRPCを大量に投げる」タイプのアプリは体感が改善しにくいことがあります。一方、帯域が増えることでキュー詰まり(輻輳)が減り、結果的にレイテンシ(特にピーク時の遅延)が改善するケースもあります。
| 観点 | 帯域(スループット)改善が効きやすい例 | レイテンシ/ジッタ改善が効きやすい例 |
|---|---|---|
| 処理タイプ | 大きなファイル転送、バックアップ、ログ集約、レプリケーション | 小さなRPCの連鎖、認証/認可、メタデータ問い合わせ、分散ロック |
| 悪化のサイン | 転送時間が長い、帯域が張り付く、キューが積もる | p95/p99が跳ねる、タイムアウト増、リトライ増、スレッド数増 |
| CPUへの波及 | コピー/暗号化/圧縮/チェックサムの総量が増えるとCPUを消費 | 並列度・接続数・コンテキスト切替・タイムアウト処理が増えCPUを消費 |
もう一段、事実ベースで整理すると、レイテンシは複数の要素で構成されます。伝搬遅延(距離)、シリアライズ遅延(リンク速度とパケットサイズ)、キューイング遅延(混雑)、処理遅延(NIC/OS/スイッチ/暗号化など)です。このうち距離そのものは変えにくい一方、キューイング遅延や処理遅延は、設計・機器・設定で改善余地があります。
「通信速度が速くなるとCPUが安くなる」という命題が成立しやすいのは、次のような状況です。
- ピーク時の混雑でキューが伸び、p95/p99のレイテンシが悪化している
- 遅延の揺れ(ジッタ)が大きく、タイムアウト/リトライが増えている
- RPC回数が多く、1回の遅延が積み重なって全体が遅い
これらは“帯域を上げること”だけでなく、“混雑しない設計にすること”“処理をオフロードすること”“プロトコルや経路を見直すこと”で改善する余地があります。そして改善できれば、並列度の過剰投入が不要になり、CPUを減らせる可能性が出てきます。
この章のまとめ:「速いネットワーク」は帯域だけでなく、レイテンシ/ジッタ/キュー詰まりの改善を含む。CPUコストに効きやすいのは、ピーク時の遅延と揺れを下げて“並列度の膨張”を止めること。
CPUが溶ける典型:I/O待ち、割り込み、コンテキストスイッチ
「ネットワークが遅いだけなら、CPUは暇なはずでは?」――ここが最初の落とし穴です。現場で“CPUが溶ける”とき、原因は計算量よりも「待ちを埋めるための仕組み」が燃えていることが多いです。特にネットワーク絡みでは、I/O待ちと同時に、割り込み処理・カーネル内処理・スケジューリングが積み上がっていきます。
心の会話で言えば、こういうやつです。
- 「アプリは大したことしてないのに、なぜかCPUが高い」
- 「スレッド増やすと悪化する。減らすと遅い。どっち…?」
- 「タイムアウトを伸ばすと詰まり、短くするとリトライで死ぬ」
1) “待ち”が増えると、同時実行が増え、OSの事務処理が増える
レイテンシが高い状態でスループットを維持しようとすると、リクエストを同時に抱える数(in-flight)を増やす方向にシステムが寄ります。すると、スレッド/コルーチンが増え、接続が増え、キューが伸び、タイマー(タイムアウト監視)も増えます。これらはアプリの計算とは別に、ランタイムやOSの“事務処理”を増やし、CPUを消費します。
2) ネットワークは「パケットの数」でCPUが削られやすい
帯域が同じでも、小さなパケットを大量に捌くほどCPUは苦しくなります(概念的には、bytes/secよりpackets/secが効く局面がある、ということです)。メタデータ問い合わせやチャット性の高いRPCは、1回あたりのペイロードが小さいのに往復回数が多く、結果としてパケット処理・システムコール・コンテキスト切り替えが増えがちです。
3) 割り込みとsoftirq、そして“見えにくいCPU”
Linuxではネットワーク受信処理が割り込み(IRQ)やsoftirq(NET_RXなど)として計上され、アプリのCPU使用率だけ見ていると「原因がアプリに見えない」ことがあります。現場では、topで見たプロセスよりも、mpstatでiowaitやsoftirqの割合、/proc/softirqs、ethtool -Sのドロップ/エラー、ss/netstatの再送増加などがヒントになる場面が多いです。
4) コンテキストスイッチは“無料”ではない
待ちが増えるほど、スケジューラは頻繁に切り替えます。コンテキストスイッチ自体のコストに加え、CPUキャッシュのミス、ロック競合、ランキューの増加など、二次的なコストが発生します。結果として「CPUを増やしたのに思ったほど伸びない」「コアを増やすと逆に尾を引く(p99が悪化する)」という現象が起きます。
5) 典型パターン:タイムアウト→リトライ→雪崩
通信が遅い・揺れる環境で“安全のために”リトライを入れると、ピーク時に重複要求が発生しやすくなります。これはネットワークもCPUも両方を削ります。重要なのは、リトライは設計上必要でも、「遅いこと」そのものがリトライを呼び、リトライが遅さを増幅するループがある点です。
この章のまとめ:ネットワークの遅さは、単なるI/O待ちに見えて、実際には割り込み処理・softirq・接続/タイマー管理・コンテキストスイッチを増やし、CPUを燃やす。通信改善は“アプリ以外の事務処理”を減らせる可能性がある。
通信を速くする手段:帯域増強だけでなく、NIC/プロトコルの進化
ここまでの話で「じゃあ回線を太くすればいいの?」となりますが、実務では“どの速さを上げるか”の見極めが重要です。単純な回線増強(帯域)で効くケースもあれば、レイテンシ/ジッタ、あるいはホスト側の処理(CPU)に効く打ち手が必要なケースもあります。
1) 帯域増強が効きやすいケース
バックアップ、レプリケーション、大きなオブジェクト転送、ログ集約などは帯域の影響が大きい傾向があります。混雑(キュー詰まり)が原因の遅延増大が起きている場合は、帯域増強や経路増設でピーク時のキューが減り、結果としてp95/p99も改善することがあります。
2) レイテンシ/ジッタ対策としての“経路設計”
同じ帯域でも、混雑しやすい経路・揺れやすい経路では尾が伸びます。オンプレならスイッチ構成、LACPのハッシュ設計、輻輳制御、バッファ設計、キュー制御などが絡みます。クラウドならAZ/リージョン配置、VPC内の経路、NATやLBの挙動、依存先サービスの配置など、アプリ以外の要素がレイテンシを決める場面があります。
3) NICの進化は「CPU節約」に直結しやすい
“通信が速くなる”を、単に回線だけで捉えると見落としがちですが、NIC(ネットワークインタフェース)の機能進化はCPU節約に効くことがあります。代表的には、チェックサム計算、セグメンテーション(大きなデータを効率よく送るための分割処理)、受信側の合成処理、割り込みの抑制など、ホストCPUがやっていた仕事の一部をNIC側で吸収できる場合があります。
| 打ち手 | 狙い | 注意点(失敗しやすい罠) |
|---|---|---|
| 帯域増強(回線/リンク速度) | 混雑とキュー詰まりを減らす、転送時間を短縮 | レイテンシが主因だと効きにくい。クラウドは通信課金の影響も要確認 |
| 経路/配置最適化(同居・近接配置) | 距離と経路要因の遅延・揺れを減らす | 依存関係が多いと移設が難しい。運用・障害時手順も変わる |
| NIC機能の活用(オフロード/割り込み制御等) | ホストCPUの事務処理を減らす | 設定・ドライバ・観測方法を誤ると“効いていないのに気づけない” |
4) “速さ”の改善は、アプリ設計とセットで考える必要がある
ネットワークだけ速くしても、アプリがチャット性の高い設計のままだと、往復回数が支配し続けます。逆に、バッチ化・集約・キャッシュ・非同期化で往復回数を減らすと、同じネットワークでも体感が大きく変わります。実務では、ネットワーク担当とアプリ担当が分断されがちですが、費用対効果が出るポイントは“境界”にあることが多いです。
この章のまとめ:通信を速くする打ち手は、帯域だけでなく、経路/配置、NIC機能、そしてアプリの往復回数削減が含まれる。どれがCPUコスト削減に効くかは、ワークロードの性質とボトルネック次第で変わる。
オフロードという発想:コピー削減・ゼロコピー・暗号化/圧縮の肩代わり
「通信が速くなるとCPUが安くなる」を“技術的に腹落ち”させるうえで、オフロードは非常に重要なキーワードです。オフロードとは、ホストCPUがやっていた処理の一部を、NICや専用ハードウェア側に寄せる考え方です。狙いは単純で、CPUがやる仕事を減らすことです。
1) よくある“CPUを食う通信処理”
ネットワーク経由の処理は、単にデータを送るだけではありません。現場でCPUを食いがちな要素を、過不足なく列挙します。
- コピー:ユーザ空間↔カーネル空間、バッファ間コピー、フレームワーク内の多重コピー
- シリアライズ/デシリアライズ:JSONやProtocol Buffers等の変換、圧縮/展開
- 暗号化/復号:TLSなどの暗号処理、鍵交換に伴う計算
- チェックサム/分割・結合:パケット処理に付随する計算
- 割り込みとキュー処理:高pps時の受信処理、softirq、キュー管理
ここで現場の本音が出ます。
- 「機能は増えたけど、CPUは増える一方。セキュリティも入れたいし…」
- 「暗号化は必須。でもそのせいでスケールがきつい」
2) コピーを減らすと、CPUもレイテンシも減る
“コピー削減”は、CPU削減と遅延削減の両方に効きやすい領域です。多重コピーは、CPUだけでなくメモリ帯域も消費し、結果としてGCやキャッシュミスにも波及します。実装面では、巨大なメッセージを小分けにする、不要な変換を避ける、バッファリング戦略を見直す、など地味な改善が効くことがあります。インフラ面では、NIC側の機能(送受信の最適化)を活用することで、ホストの事務処理を抑えられる場合があります。
3) 暗号化/圧縮は“やるべき”だが、設計で差が出る
業務システムでは、通信の暗号化は基本的に避けられません。一方で、暗号化や圧縮はCPUを使います。ここで重要なのは「暗号化をやめる」ではなく、どこで終端し、どこに負荷を寄せるかを設計でコントロールすることです。終端をLBで集約するのか、各サービスで終端するのか、内部通信も暗号化するのか、鍵管理や証明書更新をどう運用するのか。これらはセキュリティと性能・コストのバランスに直結します。
4) “CPUを買う”以外の選択肢としてのオフロード
オフロードの価値は、「CPUを増やす以外にも性能を上げる道がある」ことを現場に提供する点です。CPU増設は分かりやすい反面、アプリの並列化限界、ロック競合、尾遅延、運用複雑化などで頭打ちになりやすい。一方で、コピー削減・割り込み抑制・ホスト処理の削減は、同じCPUでも余力を生みます。結果として、必要台数や必要vCPUを下げられる可能性があります。
この章のまとめ:通信が速くなる(速くできる)には、回線や帯域だけでなく、ホスト側の“通信処理”を減らすという道がある。コピー削減、暗号化/圧縮の設計、NIC機能の活用は、CPUコストを直接押し下げるレバーになり得る。
分散システムの罠:RPC回数とチャット性がコストを押し上げる
ここまでで「通信が遅いほどCPUが必要になる」筋道は見えてきました。ただ、現場で本当に効いてくるのは“ネットワークが遅い/速い”という抽象ではなく、「そのアプリがネットワーク越しの往復を何回やっているか」です。
分散システムでは、処理の中でDB、キャッシュ、認証、設定管理、メッセージング、外部APIなどに次々アクセスします。1つ1つは小さな通信でも、往復回数(RPC回数)が多いと、レイテンシが足し算になって効いてきます。しかも、その遅延は平均ではなく、p95/p99(尾遅延)が支配する局面が多い。これが、運用現場の“しんどさ”を増幅させます。
心の会話はだいたいこうです。
- 「機能を足すたびに依存先が増えて、どこが遅いのか説明が難しい…」
- 「平均は速いのに、たまに遅いのが一番困る」
- 「遅い時だけスレッドが増えて、CPUも跳ねる。再現もしづらい…」
1) “チャット性”はレイテンシに弱い
チャット性とは、短いやり取りを何往復も行う設計のことです。例えば「一覧を取得→各要素の詳細を順番に問い合わせる」ような構造(いわゆるN+1に近い状況)があると、1回の遅延が何十回にも増幅されます。通信が速くなると改善する余地はありますが、そもそも往復回数が多い設計は、ネットワーク・CPU・運用の三方向でコストが積み上がりやすいです。
2) 尾遅延(p95/p99)が“CPU増”を呼ぶ
平均が速くても、p99が悪化するとタイムアウトやリトライが増え、同時実行が膨らみます。これは第2章で触れた「待ちがCPUコストに化ける」現象を、より極端にします。現場が辛いのは、障害ではなく“障害手前”の状態が長引くときです。遅い通信は、その状態を作りやすい。
3) 通信を減らす設計は、通信速度向上と同じくらい効く
「通信速度を上げる」と同時に、次のような“往復回数を減らす”手当が現実的な解決策になります。
- バッチ化/集約:複数の問い合わせをまとめて1回で返す
- キャッシュ:毎回取りに行かず、更新契機で同期する
- 非同期化:同期RPCを減らし、メッセージ駆動やジョブ化に寄せる
- データ配置:同じ場所に置けるなら置く(“近い”は強い)
ここで重要なのは、これらは“アプリの仕事”でありつつ、結果としてネットワーク機器やサーバ台数(CPU)にも効く点です。通信を速くするだけでもなく、通信を減らすだけでもない。両方が揃うと、初めて「CPUを買わずに済む」現実が出てきます。
4) 現場の意思決定:CPU増設より先に見るべき観測点
CPU増設を検討する前に、次の観測が役に立ちます。
- p50だけでなくp95/p99のレイテンシ(特にピーク時)
- タイムアウト/リトライ回数、再送の増減
- 同時接続数、キュー長、スレッド数の増減
- softirqや割り込みの比率、ドロップ/エラーの兆候
これらが“通信由来で膨らんでいる”なら、通信改善がCPU削減につながる可能性が高いです。
この章のまとめ:分散システムでは、通信の「往復回数」と「尾遅延」がCPU増・運用増を呼びやすい。通信速度の改善に加え、往復回数を減らす設計が揃うと、CPUを下げる判断が現実になる。
「回線を上げたらCPUを下げられる」を試算する:クラウド料金の見積もり
ここからは、現場の意思決定に必要な“数字の置き方”を整理します。ネットワーク改善は「速くなって嬉しい」で終わらせると失敗しやすい。なぜなら、回線や機器の費用が増える一方で、CPUや台数が本当に下がるのかは、ワークロードと設計に依存するからです。
ポイントは、いきなり正確な見積もりを当てにいかず、一次近似(ざっくり試算)→小さな検証→再試算の順で進めることです。
1) まず「何を下げたいのか」を明確にする
“CPUが安くなる”と言っても、狙いはいくつかあります。
- サーバのvCPU数(または台数)を減らしたい
- ピーク時のオートスケール増加を抑えたい
- 遅延悪化に備えた過剰な余裕(バッファ)を減らしたい
- 運用負荷(夜間対応・性能劣化対応)を減らしたい
このうち、費用に直結しやすいのは台数/vCPUと、ピーク時のスケールです。運用負荷は見積もりが難しい一方で、意思決定の本丸になることが多いので、後で触れます。
2) 試算の基本形:同時実行数が減ればCPUも減る
厳密な式は状況で変わりますが、実務の“当たりを付ける”には次の考え方が役に立ちます。
- レイテンシ(特にp95/p99)が下がると、同時に抱える処理が減る
- 同時処理が減ると、必要スレッド/接続/キューが減る
- それに伴い、コンテキストスイッチやタイムアウト監視などのオーバーヘッドが減る
- 結果として、同じスループットをより少ないCPUで捌ける可能性が出る
3) “ざっくり表”で一次試算する(例)
以下は考え方の例です。数値そのものは仮置きで、あなたのシステムに合わせて埋めます(ここを誤ると結論も誤るので、後述の通り検証が必須です)。
| 項目 | 現状 | 改善後(仮) |
|---|---|---|
| ピーク時 p95 レイテンシ | 例:300ms | 例:150ms(半減) |
| タイムアウト/リトライ | 例:ピーク時に増える | 例:大幅減(雪崩が起きにくい) |
| 必要同時実行(体感) | 例:高い並列度が必要 | 例:並列度を下げても捌ける |
| CPU/台数 | 例:8台 | 例:6台(25%減) |
| ネットワーク費用 | 例:現状コスト | 例:追加コスト |
この表でやるべきことは、結論を出すことではありません。「CPUが何割下がれば、ネットワーク費用増を吸収できるか」の損益分岐点を見つけることです。クラウドの場合、インスタンス費用だけでなく、データ転送料金、ロードバランサ費用、監視費用なども絡むため、最低限“主要3項目”だけでも足し引きします。
4) 小さな検証(PoC)で“嘘を潰す”
一次試算は外れます。外れて当然です。重要なのは、外れ方を早期に把握することです。具体的には、次のような最小検証が有効です。
- ピークに近い負荷で、レイテンシ(p95/p99)とCPUの関係を計測する
- タイムアウト/リトライの発生点(閾値)を確認する
- 通信経路を改善した時に、同じ負荷でスレッド数や接続数がどう変わるかを見る
この検証により、「通信を速くしてもCPUは下がらない(別ボトルネック)」なのか、「通信が改善すると同時実行が減り、CPU余力が出る」なのかが分かれます。
この章のまとめ:“通信改善でCPUを下げる”は、一次試算→小さな検証→再試算で判断するのが安全。狙い(台数削減/ピーク抑制)と損益分岐点を先に置くと、意思決定がブレにくい。
それでも速くならないケース:DB、ストレージ、ロック、アプリ設計のボトルネック
ここまで「通信を速くするとCPUを下げられる場合がある」話を積み上げましたが、万能薬ではありません。むしろ現場では、通信をいじっても期待したほど改善せず、「結局CPUも減らない」という落とし穴も多いです。
ここを正確に言うなら、通信を速くしてCPUが安くなるのは、“通信が支配的なボトルネック”のときです。支配的でないなら、改善しても他が前に出ます。これは正常な現象です。
1) DBボトルネック:ネットワークではなく待っているのはロックやI/O
アプリが遅い理由が、DBのロック競合、クエリ設計、インデックス不足、I/O待ち、バッファプール不足などにある場合、ネットワーク改善は限定的になります。DBが詰まると、上流は待ちを隠すために並列度を上げがちで、結果としてアプリ側CPUも上がります。しかし原因がDBなら、通信改善より先にDB側の改善が必要です。
2) ストレージボトルネック:帯域を上げても“遅いI/O”は遅い
分散ストレージやNAS、オブジェクトストレージを使っている場合でも、遅延の主因がストレージ内部のI/O(ディスク、コントローラ、リビルド、ガベージコレクション、スナップショット等の影響)であることがあります。ネットワークを速くして転送が速くなっても、読み書きが詰まっていれば、アプリは結局待ちます。
3) “CPUが高い”のにネットワーク改善が効かない:シリアライズ/アプリ内処理が支配
通信の前後には、シリアライズ/デシリアライズ、圧縮/展開、暗号化/復号、検証、ログ整形などがあり、これらが支配的だと通信を速くしてもCPUは下がりません。特に「送るデータ構造が大きい」「変換が多い」「ログが過剰」といった場合、ネットワーク改善はむしろ処理の到達速度を上げて、CPUをさらに忙しくすることすらあります。
4) 速くしたことで露呈する問題:スパイク、バースト、バックプレッシャ不在
通信が改善すると、“たまに詰まる”のではなく“勢いよく詰まる”形で問題が顕在化することがあります。典型はバックプレッシャ(流量制御)が弱いシステムです。上流が速くなりすぎて下流が詰まり、キューが溢れ、再試行が増え、スパイク的に落ちる。これは通信の良し悪しというより、全体設計の課題です。
5) 「結局どこを直すべきか」を誤る原因:観測の粒度不足
ネットワーク、アプリ、DB、ストレージを跨ぐ性能問題は、指標が分断されると誤診しやすいです。平均値だけを見る、CPU使用率だけを見る、単一のログしか見ない、といった状態では、“本当の待ち”が見えません。最低限、レイテンシ分布(p95/p99)、キュー長、再試行、下流依存先の応答、OSレベルの兆候(softirq等)を揃えて初めて判断が安定します。
この章のまとめ:通信改善が効かないケースは多い。DB/ストレージ/ロック/シリアライズなど、別の支配的ボトルネックが前に出るとCPUは下がらない。誤診を防ぐには、分布・キュー・再試行・OS兆候まで含めた観測が必要。
帰結:通信速度はCPUの代替資源——性能とコストを同時に下げる設計指針
ここまでの話を、誇張なく一文にまとめるならこうです。
通信が遅いと、待ちを埋めるために同時実行が膨らみ、その膨張を支えるためにCPUが必要になる。通信(特に尾遅延と揺れ)を改善すると、同時実行が落ち着き、結果として必要CPUや台数を下げられる場合がある。
つまり、通信速度は“CPUの代替資源”になり得ます。これは魔法ではなく、分散システムの構造的な帰結です。
1) 現場が使える設計指針(やる順番)
意思決定で大切なのは、正しさよりも「事故らない順番」です。現場で安全に進めるなら、次の順序が現実的です。
- 観測を揃える(p95/p99、キュー、再試行、OS兆候、依存先応答)
- “通信が支配的か”を判定する(ピーク時に尾が伸びているか)
- 一次試算で損益分岐点を置く(CPU何割減でペイするか)
- 小さな検証で嘘を潰す(本当にCPUが下がるか)
- 設計・運用に落とす(バックプレッシャ、タイムアウト/リトライ方針、監視)
2) “一般論の限界”:通信改善は、契約・構成・運用に依存する
ただし、ここが一番重要です。通信改善の効果は、案件ごとの条件で大きく変わります。オンプレなら配線・スイッチ構成・冗長化・保守体制、クラウドならリージョン/AZ配置・通信課金・マネージドサービス依存、さらに業務要件としてセキュリティ(暗号化、監査、鍵管理)、可用性、BCP、障害時手順が絡みます。
現場の本音としては、こうなるはずです。
- 「理屈は分かった。でも、うちの構成に当てると、どこが一番効く?」
- 「やるなら、移行コストとリスクを最小化したい」
- 「運用が増える最適化は避けたい」
この段階になると、一般論だけでは安全な結論が出ません。なぜなら、同じ“通信改善”でも、選択肢が複数あり(回線増強、経路設計、配置変更、アプリ改修、NIC活用など)、それぞれのリスクとコストが違うからです。そして多くの場合、最適解は「どれか1つ」ではなく「優先順位を付けた組み合わせ」になります。
3) 次の一歩:迷ったら“設計判断の材料”を作る
もしあなたが今、具体的な案件・契約・システム構成で悩んでいるなら、まずは次の材料を揃えると判断が進みます。
- ピーク時のレイテンシ分布(p50/p95/p99)と、悪化タイミング
- タイムアウト/リトライ/再送の実態(どの経路・どの依存先で増えるか)
- 同時接続数・スレッド数・キュー長の増減
- ネットワーク/OS兆候(softirq、ドロップ、エラー、輻輳の兆候)
- 費用構造(CPU/台数、回線/機器、通信課金、運用工数)
これが揃うと、「回線を上げるのが先か」「配置を変えるのが先か」「アプリの往復回数を減らすのが先か」「それともDB/ストレージが先か」が、感覚ではなく判断として見えるようになります。
そして、ここが自然な結論です。個別案件の最適化は、性能・コスト・運用・セキュリティ・可用性が絡む“設計問題”です。必要なら、株式会社情報工学研究所のような専門家に相談し、観測→仮説→小さな検証→設計反映までを一気通貫で進めるほうが、結果的に手戻りとリスクを減らせます。
この章のまとめ:通信速度はCPUの代替資源になり得るが、効果は案件条件に依存する。一般論で決め打ちせず、観測と小さな検証で判断し、必要なら専門家と設計として落とし込むのが最も安全。
付録:現在のプログラム言語各種における注意点(通信最適化がCPUに効くときの落とし穴)
最後に、「通信を改善すればCPUが下がるかもしれない」という文脈で、主要な言語・実行環境ごとの注意点を整理します。ここでの目的は、言語の優劣ではなく、“通信が速くなったのにCPUが下がらない/逆に上がる”典型を先に潰すことです。
C / C++
- コピーとバッファ管理:ゼロコピー志向は強みですが、境界で余計なコピーやアラインメント問題が入りやすい。誤ると性能よりも安全性(破壊的バグ)が先に崩れます。
- スレッド/ロック:待ち隠しのためにスレッドを増やすと、ロック競合とコンテキストスイッチでCPUが増えやすい。
- TLS等の扱い:暗号化を入れた瞬間にCPUが跳ねるケースがあるため、どこで終端するか、再利用(接続維持)をどうするかの設計が重要です。
Rust
- asyncの複雑さ:高性能を狙える一方、ランタイム/実装方針(どこでawaitするか、どこでブロックするか)を誤ると、期待よりCPUが増えることがあります。
- 観測の難しさ:速さを追うほど“どこで待っているか”が見えにくくなることがあるため、メトリクス設計を最初から意識する必要があります。
Go
- ゴルーチン増殖:待ちを隠すのが簡単な分、増やし過ぎてスケジューリングやGC負荷が増えることがあります。
- GCとメモリアロケーション:通信処理の周辺(シリアライズ、ログ整形、バッファ生成)で割り当てが増えると、GCが尾遅延に効いてきます。
- タイムアウト/キャンセル設計:contextの使い方が曖昧だと、不要な処理が残ってCPUを食い続けることがあります。
Java(JVM)
- スレッドモデル:“1リクエスト=1スレッド”の設計は分かりやすい一方、待ちが増えるとスレッド膨張でCPUとメモリを消費しやすい。非同期I/Oの採用可否を検討する価値があります。
- GCと尾遅延:平均は速いのにp99が悪化する要因としてGCが絡むことがあります。通信改善で処理密度が上がると、逆にアロケーションが増えて表面化する場合があります。
- シリアライズ負荷:JSON等の変換が支配的だと、通信改善はCPU削減につながりにくい。データ形状の見直しが必要です。
Python
- GILとCPUバウンド:通信待ち中心ならスレッド/asyncで捌けますが、変換や暗号化、圧縮などCPU処理が増えると頭打ちになりやすい。
- ブロッキングI/O混入:asyncを採用していても、どこかでブロッキング処理が混ざるとイベントループが止まり、待ち隠しが破綻します。
- 過剰なログ/整形:通信が速くなるほどログ出力がボトルネック化することがあるため、ログ量と形式を設計で制御すべきです。
Node.js(JavaScript)
- イベントループのブロック:ネットワーク自体は非同期でも、JSON変換、暗号化、圧縮、重い集計などを同一プロセスでやるとイベントループが詰まり、CPUが高くなって遅くなります。
- 同時接続とメモリ:待ちを抱え込める分、同時接続数が増えるとメモリ圧迫やGCの影響がp99に出やすい。
.NET(C# など)
- async/awaitの使いどころ:非同期が使いやすい反面、同期ブロックやスレッドプール枯渇が起きると、通信改善どころか全体が不安定になります。
- GCとアロケーション:通信処理周辺の一時オブジェクトが多いと、平均ではなく尾遅延に効いてきます。
PHP
- プロセス/リクエストモデル:実行モデル上、接続の再利用や常駐最適化の自由度が制約されやすい。外部I/O依存が強い処理は、設計(キュー化、非同期化、バッチ化)で補う必要が出ます。
- 外部API呼び出しの積み上げ:小さなHTTP呼び出しを多数行う設計は、レイテンシの足し算で効きます。集約やキャッシュが重要です。
Ruby
- 並列性の制約:待ち中心なら問題が表に出にくい一方、CPU処理が増えると並列化の設計が難しくなり、スケールの仕方を誤りやすい。
- フレームワーク都合のオーバーヘッド:ログ、ORM、ミドルウェアなど周辺の処理が支配的だと、通信改善がCPU削減に結びつかないことがあります。
付録の結論も一般論としては明確です。通信を速くすると“別のボトルネック”が前に出ます。言語やランタイムごとに、その出方(GC、イベントループ、スレッド、シリアライズ)が違うだけです。したがって、個別案件では「どの層が支配的か」を観測して、設計として潰す必要があります。
もし、あなたの環境で「通信を改善したいが、どこから手を付ければCPU/コストが下がるのか」「クラウド課金や運用リスクまで含めて最適化したい」といった悩みがあるなら、株式会社情報工学研究所のような専門家に相談し、観測→仮説→小さな検証→設計反映までを短いサイクルで回すことをおすすめします。




